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佐藤航陽 経歴
競争の激しいITベンチャーで最も注目されている起業家が株式会社メタップス佐藤航陽社長です。
会社も社長もまだまだ一般的な知名度は低いものの、2015年8月には弱冠29歳で東証マザーズに上場を果たすなど知名度が急上昇しています。
佐藤航陽さんは、1986年の福島県生まれです。
母子家庭で裕福ではない環境で、しかも、三人兄弟の末っ子。
そんな環境で育ったこともあり、おもちゃを自分でつくったり、中学生時代からは友人に物を売ったりと簡単な商売も始めています。
私自身も貧しい環境で育った
勉強もできたので地元の進学校福島高校に進学しますが、自分のデザインした服を売ることにハマり、高校生とは思えないほど稼いでいたようです。
高校に入った後は時間が自由になったので、けっこう本格的に商売をしてみようと、十代にしてはかなり稼いでいたと思います。
引用:第148回 株式会社メタップス 代表取締役CEO 佐藤航陽2
高校時代に自分で服をデザインして売るという事業をやっていた
佐藤航陽さんは、子供の頃から世の中の不公平に対する不満や、社会に対して憤りを感じていたため弁護士か政治家になることが夢でした。
そこで、高校卒業後は、早稲田大学法学部に進学します。
小さな頃から、「なぜ世の中は不公平にできているんだろう」という疑問を持っていました。そして、どうせ生きていくならそんな世の中を正すような人間になりたい
引用:第148回 株式会社メタップス 代表取締役CEO 佐藤航陽2
社会に対して憤りを感じていました。だからこの頃は、弁護士か政治家になろうと考えていました。
引用:第148回 株式会社メタップス 代表取締役CEO 佐藤航陽2
夢を抱えて早稲田大学に進学したものの佐藤航陽さんには、大きな悩みがありました。
それは、高校生時代の稼ぎからなんとか入学金や授業料を捻出したもの、このままでは大学を卒業するまでにかかる4年分の学費を払えないことでした。
大学入学時に全財産が150万円しかありませんでした。ここから大学の授業料と生活費を出すと考えると、大学2年までしか在学ができないということが、入学した瞬間からわかっていた
さらに大学在学中に弁護士制度が変更となりこれから弁護士になるためには、大学院まで卒業することが義務付けられてしまいました。
これには、さすがの佐藤航陽さんもお手上げかとおもいきや、この弁護士制度の変更まであと2年間あったので2年で司法試験合格を狙うことにするのでした。
私が考えたのは、2年以内に司法試験をパスすれば、大学を卒業しなくてもいいのではないかということです。
「2年で司法試験に合格する」そんな無謀な目標を立て、猛勉強を始めた佐藤航陽さんですが次第に司法試験の難しさを思い知ります。そして、高校生からの夢である弁護士を諦めたのでした。
司法試験はすごく難しくて、司法試験に向けて3か月間勉強して、これは無理だと途中で考え直しました。
弁護士を諦めたものの、以前から持ち続けていた社会への不平不満はますます高まり、実力で勝負できる起業を決意します。
お金がないと法律家になれないことにも納得がいきませんでした。
「自分の腕一本でできるのは会社経営しかない」と起業を決意。
佐藤航陽 大学生 起業

「起業」それも社会人経験のない学生ですのでなおさら不安を感じるはずですが、佐藤航陽さんはそんなことはありませんでした。
私は高校時代からビジネスをやっていて、そのお金で大学に入って生活もしていたので、起業はストレスなく受け入れることができました。
そして、高校生の頃に稼ぐことができた得意分野であるアパレルで起業を考えます。
しかし、アパレルでビジネスを行うには資金が必要だと分かり、お金がなくてもできるという理由、つまりは消去法でインターネット分野で起業することを決めます。
最初はアパレルをやろうと考えていました。ただ、アパレルは服の仕入れや倉庫、店舗でイニシャルコストがかかる。最初に大きな資金が必要になる事業は若者には向きません。ならばお金がなくてもできる領域で勝負しようと考え直して、インターネットで起業しました。
2007年に弱冠20歳でイーファクター株式会社(現・メタップス)を設立しました。
とはいえ、佐藤航陽さんは当時パスコンスキルは全くありませんでした。。
【田原】もともとインターネット系の知識はあったの?
【佐藤】いえ、まったく。パソコンを触ったこともなかった
そのため、起業後にまず行ったのはパソコンを購入することでした。
プログラミングが出来る友人にパソコンを選んでもらうところからスタートしました
何もスキルのない状態でパソコンを購入したら普通は、プログラミングやデザインの勉強をある程度してから事業を行うと思うのですが、佐藤航陽さんがすごいのは、プログラミングができないにもかかわらず「できます」と嘘をついてでもどんどん仕事を受注したことです。
受注したときには何もできないんです。でも、「出来ます、大丈夫です」と言って帰ってくる。契約書をもらって帰ったら本屋に行って学習を始めるという日々
佐藤航陽さんが起業した約10年前の2007年当時の状況はわかりませんが、大抵プログラミングを使う仕事は山のようにありますので仕事を受注することは比較的簡単です。
しかし、受注は簡単でもプログラミングを組んで企業が納得できる品質で納品することは難しいのです。
にもかかわらずプログラミングの仕事をこなしていき、どんどん実力を上げていったのでした。
このようなエピソードは、佐藤航陽さんがいかに優秀かが分かりますね。
プログラミングとかWebデザインに関しては、起業しながら覚えました。実際に事業を開始して、顧客から受注をもらってから、プログラミングとかWebデザインを覚えていった
実は、佐藤航陽さんが立ち上げたイーファクターは、創業後わずか2ヶ月で1000万円の出資を受けています。
創業から2カ月になる学生ベンチャーのイーファクターが、11月12日付けで増資を受けて事業拡大に向けて大きく動き始めた。増資はngi capitalが運用する学生起業家向けのファンドが引き受けて、1000万円を出資した。
引用:ネット素人の学生ベンチャーが始めたイーファクター
これは当時イーファクターで開発をしていた「ライフペディア」というサービスに対しての出資でした。
ライフペディアは、個人が持つ複数のブログをまとめて表示できるサービス。記事を時間軸で見せる視覚的な表示方法が特徴で、利用者はブログの記事を個人の年表のように見られる。ブログを登録しておくと、更新時に記事が自動的に反映されるため、複数のブログを持つ利用者にとって便利なサービスだ。
引用:ネット素人の学生ベンチャーが始めたイーファクター
しかし、この「ライフペディア」は失敗に終わります。
売り上げがなかなか上がりません。消費者向けのメディアサービスは損益分岐点が非常に高いことにスタートして初めて気づきました。
引用:第148回 株式会社メタップス 代表取締役CEO 佐藤航陽
「ライフペディア」の失敗により、佐藤航陽さんは会社を維持するために地道に日銭を稼ぐ日々が続きます。
その後は、会社経営を維持するために、四苦八苦を繰り返す毎日が続くことになります。
引用:第148回 株式会社メタップス 代表取締役CEO 佐藤航陽
Q 20代前半はどんな日々を過ごしていましたか
A どぶ板営業ですね。企画、開発、営業を1人でやっていました。起業してから2年間は修業でした。
売上を上げたいものの仕事がないときは、朝から晩までひたすら電話営業をして仕事をとっていたようです。
仕事がないから、「ホームページつくりませんか」と1日300件くらい営業の電話をしていました。
起業から2,3年経つと次第にSEOなどのwebマーケティングを中心とした事業にシフトしていきます。
SEOなど、Webマーケティングのノウハウを蓄積し、その仕組みを体系化したコンサルティングをスタート。
引用:第148回 株式会社メタップス 代表取締役CEO 佐藤航陽
2010年当時のイーファクターが送信した営業メールもネットで見つけることができました。
当時のSEOでは、上位表示させたいページに数多くのサイトからリンクを貼ることが有効だとされていたためこのようなメールを送っていたと予想できます。
「イーファクター株式会社 ×××(人名) と申します。
突然のご連絡失礼いたします。
貴殿運営サイトを拝見させていただき是非弊社のテキスト広告をご掲載いただけ
ないかと思いご連絡させていただきました。下記リンクをトップページに3ヶ月間ご掲載いただけば3,000円お支払いさせて
いただきます。
(1,000円/月×1リンク×3ヶ月間=3,000円)掲載が可能でありましたら、サイトにご掲載後、お振込み口座をご教示いただけ
ればご入金させていただきます。ご検討何卒よろしくお願いいたします。」
この頃になると会社も軌道に乗り始めました。
起業して3年を過ぎ、何とか数億円の年商を稼げるようになりましたが、ふと立ち止まって考えました。このままいけば、年商10億円規模の中小企業は簡単につくれる。
引用:第148回 株式会社メタップス 代表取締役CEO 佐藤航陽
2010年に事業が黒字化して、売上的に数億円、利益的には数千万円ぐらい出ていた
しかし、佐藤航陽さんからすればこのペースで会社を経営していても世界を変えられないと思い始めます。
世界そのものを変えられるような規模までは永遠にたどりつけないし、日本を変えるビジネスをつくることもできない
引用:第148回 株式会社メタップス 代表取締役CEO 佐藤航陽
そもそも佐藤航陽さんは、子供の頃から「どうせ生きていくなら世の中を正すような人間になりたい」と考えていたこともあり、この程度の会社規模では全く満足していませんでした。
また、イーファクターが行っていたseoやwebマーケティング、ホームページ制作を行うITベンチャーは山のようにありますので、それほど目新しくないですし、市場価値も低いという現実もあります。
そして、日本市場だけでなく世界の市場でビジネスをすることを決めます。
疑問を感じたんですよね。このまま日本でやっていてもダメだなって。
1年をかけて世界の市場で成功したビジネスの社長や投資家にも直接会い、取り組むビジネスモデルを探していきました。
1年ほどの期間、主にアジアとアメリカへ出張がてらアポを取って話を聞きに出かけました。20人ほどの経営者や投資家と面談したでしょうか。
引用:第148回 株式会社メタップス 代表取締役CEO 佐藤航陽
佐藤航陽さんが最終的に決めた市場は、スマートフォンでした。
2009年から1年をかけて世界を回るうち、スマートフォンの市場こそ、10年に一度のチャンスであることがわかってきました。
引用:第148回 株式会社メタップス 代表取締役CEO 佐藤航陽
帰国後、佐藤航陽さんは今までの会社(イーファクター)の事業を売却して資金を集め、スマートフォン事業の立ち上げを進めていきます。
現在のメタップスの誕生です。
事業を売却して1億円をつくり、シンガポールで新たにスマートフォン向けビジネスを展開しました。
当時の社員は、いきなり会社の事業内容が変わり、しかも、当時(2009年)普及していなかったスマートフォン向けのビジネスだと聞いて動揺したようです。
しかし、社長の佐藤航陽さんには迷いはなかったといいます。
当時の社員は、「なんでそんなことをするんだ。社長はおかしくなったんじゃないか」と言っていましたが、私は明確にゴールや目標がわかっていたので、あまり迷いはありませんでした。
当時は日本でまだそれほど普及していなかったのですが、いずれこの小さなコンピュータで、お金や情報などすべてのものが管理される時代になると感じました。
実は、2015年の著書「未来に先回りする思考法」にて、多少の不安があったと発言しています。
私は、当時ボロボロで使いものにならないAndroidに不安を感じつつも、自分の感覚よりも過去のパターンから得られた結論、つまりAndroidがかつてのWindowsのように普及するという未来に賭けてみることにしました。自分自身も直感的にはAndroidがこれから優勢になるという予想に納得していませんでした。
佐藤航陽さんのすごいところは、論理的に考えて正しいと感じたら不安を感じつつも行動に移せてしまうところでしょう。
こうした経緯がありメタップスでは、スマートフォンアプリの開発者が儲かる広告システムを作り上げ世界中で使われるようになりました。
スマートフォン端末はどんどん普及しますが、アプリ開発者はあまり儲からない。このアンバランスな環境を改善するためのネットワーク構築が、メタップスが手がけるビジネスモデルです。
引用:第148回 株式会社メタップス 代表取締役CEO 佐藤航陽
メタップス事業内容
佐藤航陽 資産

メタップスは、2015年8月東証マザーズに上場を果たしました。
この上場によりメタップスの創業者である佐藤航陽さんの資産は、145億円と言われています。
それだけの資産がありながら佐藤航陽さんが豪邸を購入した、女優と交際しているなどの浮ついた話は一切ありません。
むしろ、145億円もの資産があるにもかかわらずかなり地味な生活をしているようです。
Q 休日の過ごし方
A 大体会社にいて、仕事のことを考えています。考えているのが好きなんです。
大抵食事は、5分、10分で済ませられるものを選びます。吉野家、マクドナルドとか。カップラーメンもよく食べます。
引用:第148回 株式会社メタップス 代表取締役CEO 佐藤航陽
趣味が仕事とまで言い切っていので、あまりお金を使うことに興味が無いと思われます。
仕事とプライベートの境目がまったくないので趣味はないんです(笑)。
引用:第148回 株式会社メタップス 代表取締役CEO 佐藤航陽
上場直後に行われたインタビューでは、「まずは、事業に集中して着実に結果を出していき成果でお返ししたい」と発言していることから当面はビジネスに集中していくと思われます。
メタップス[6172]東証マザーズ IPO
佐藤航陽 天才

佐藤航陽さんは、あまりにぶっ飛んでいる発言を平気でする一方で数年後にはその発言通りの世の中になるため、一部では「佐藤航陽は天才では?」との声も多く上げられています。
ビジネスにおいては、何もない人間の方がうまくいくと発言しています。
カネ・ヒト・モノ・ノウハウ・ジカンのいずれも無い場合のほうが大きくブレイクスルーする可能性が高い、ずっとそう思ってきました。
またある時はAI(人工知能)が発達して脳の役割が変わるとも発言しています。
「探す、決断する」といったことに脳を使わなくなるのです。探すこともしないし、検討もしない、次に何をすべきかをすべて教えてくれる──こうしたシステムは技術的にはすでに実現可能です。
最近では人間の仕事はそろそろなくなり、働かなくてよい時代がすぐそこまで来ていると発言して周囲を驚かせました。
仕事がなくなる時代はもうすぐやってきます。
国も最低賃金を支給して人々の生活を支えるなど、最低限生きていけるインフラを整えるはず
「お金を稼ぐために働かなくてはいけない」という人生に対する価値観が「自分のやりたいことだけをやって生きる」というものに変化すると思います。
今はまだそんなことが許される風潮にありませんが、今後はむしろ当たり前になっていくでしょう。
佐藤航陽さんのこのような発言は、決してなんの根拠もなく発言しているわけではありません。
そもそも佐藤航陽さんは、会社経営する中で必然的に「未来を予測する力」は磨かれていったと発言していますし、先を読むために独自の学習法も行っています。
大学在学中に起業しました。なので、会社が生き残るためには、未来を予測する力を身につけるしかないと思った
先読みをするときには、過去の事例を猛烈に学習するようにしています。一定のパターンを見抜いて、それをもとに次の展開を予測して答え合わせをする、その繰り返し
今ではメタップスの事業もスマートフォンだけでなく今後の成長が見込めるフィンテックやAI(人工知能)に関する事業も行っています。
2015年6月にスタートした電子マネーサービス「SPIKEコイン」も年利1%ということで大きな注目を集めています。
決済時の使用額に応じて最大5%の電子コインが付与されるだけでなく、電子マネーの保有額に対して年間1%の割合で増えるため、他の電子マネーよりもお得に貯めることができる。
佐藤航陽 プログラミング

そんな天才な佐藤航陽さんでも起業当初に取り組んだことはプログラミングでした。
約3カ月かけて、サイト構築と簡単なプログラミングを友人のサポートを得ながらほぼ独学でマスターしました。
引用:第148回 株式会社メタップス 代表取締役CEO 佐藤航陽
プログラミングができれば、資本がなくともパソコン一台で十分ビジネスをすることができてしまいます。
正直、今でもプログラミングをマスターしてシステムやホームページが作れるようになれば、佐藤航陽さんの起業当初のように電話営業をして仕事を受注できますし、月50万以上稼ぐことも可能だと思います。
さらに、これから10年以上は、IoTやAI(人工知能)の分野が急成長すると予想されているためそれに伴い今でも十分需要は高いのですが、それ以上にプログラマーの需要は爆発的に高まるでしょう。
もちろん、プログラマーの給料水準も上がり、さらに稼げる職業となるでしょう。
これは、佐藤航陽さんも著書「未来に先回りする思考法」で述べています。
社会がここ数十年で、人工知能を軸に劇的に変化することは間違いありません。
➀電気がコンピュータを生み、
➁コンピュータがインターネットにより接続され、
➂インターネットが社会の隅々にまで浸透しIoTが進み、
➃発生した膨大なデータはAIに集約され、
➄自律的に判断するAIがデータを分析し判断を下すようになり、
➅あらゆる物体が知性を獲得する
